INTERVIEWインタビュー
[インタビュー]
ヴィンス・メンドーザ × ファビアン・プリオヴィル
来年3月上演の『DANCE DANCE ASIA―Crossing the Movements東京公演2018』で、新作を発表するヴィンス・メンドーザ。その新作に振付/演出補佐 ドラマトゥルクとして参加するのは、ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団出身の世界的ダンサー・振付家で、日本の演劇界にも繋がりの深いファビアン・プリオヴィルだ。初めて直接顔を合わせた2人が語るお互いの印象、そして新作に向けての意気込みとは。
ヴィンス(以下、V):ファビアンとは、今年6月にスカイプで話をしたのが最初でした。そのときから彼には自分と同じヴァイブレーション、響き合うものを感じています。その後、ファビアンが出演した作品、作った作品の両方を映像で観て、成熟度の高さを感じましたし、自分の中にはない表現だけど学べる要素の多さに気づいたのです。だから今回の作品を創るのが楽しみになりましたし、きっと面白いことになると確信に近い気持ちを抱きました。
そこからスカイプなどでアイデアを交換したり、作品に対する私の思いを聞いてもらったりする時間を経て、こうして日本で実際に顔を合わせることができました。ただ、彼は演劇集団円の『DOUBLE TOMORROW』(編注:今年9月に上演された演劇集団円の舞台作品。ファビアンが構成・演出を担当)のために来日したので、自分としてはそれを邪魔しないよう、ちょっと遠慮していたんです。
でも、ファビアンは『DOUBLE TOMORROW』に集中しながら、私に対してもウェルカムな雰囲気で接してくれた。そして『DOUBLE TOMORROW』に対するのと変わらない態度で、私のクリエイションに関心を示してくれたので、彼との出会いがいいものを生むという確信はさらに強まりましたし、自分の中にある期待もさらに高まりました。
V : それはいい質問ですね。私のバックグラウンドにはストリートダンスがありますが、2006年から大学でダンスを専攻し、バレエとコンテンポラリーのクラスを3年間受講していたんです。そこでバレエやコンテンポラリーのメソッドを学び、心や身体で吸収することができました。
それらはストリートダンスに戻ったときに自分の血肉となりましたし、ストリートダンスを再構成するノウハウとして、周りと共有することもできました。そうした経験を経て今回、ファビアンとその作品に出会ったのですが、欧米のコンテンポラリーやバレエの文脈は、自分が知るものとはまた違うことを感じました。だからもう一度、生徒として多くを学ぶことができると思って興奮したわけです。
ただ、こうして日本に来て実際に彼と会うまでは「彼と共同作業をすることで、自分が潰れてしまうのでは?」というプレッシャーがあったのも事実です。欧米で豊富なキャリアを持つ素晴らしいアーティストと、自分が一緒に活動するイメージが湧きづらかったので不安もあり、どこか畏怖するような部分もあったとは思います。とはいえ、彼から学べることの大きさや豊かさに対する期待のほうが強かったですけども。
ファビアン(以下、F): 私の作品をよく観てくださっている石井達朗先生(舞踊評論家)に、ダンス・ダンス・アジアのプロデューサーである中西さんをご紹介いただいたのがきっかけでした。もともと私はストリートダンスの方々と仕事をしてみたいと思っていたのですが、なかなかその機会に恵まれなかった。ですから、この依頼をいただいたときはすぐにやりたいと思いました。
ヴィンスとの最初の出会いはスカイプ上でしたが、すぐに彼のやさしい人柄が伝わってきましたし、繊細な表現ができる素晴らしいアーティストだと感じました。また、彼の作品を映像で観て、クオリティをさらに上げるために、なにかを提供できるはずだと思えたのです。彼の作品を観ることで、いただいたオファーの意図がしっかり見えましたし、それに応えることができると思ったのでお受けすることにしたわけです。
というのも、私は今までいろいろな国のアーティストと仕事をしてきましたが、今回のようにクリエイターの側にいて、客観的な視点からシンクタンクとして自分の知恵やノウハウを提供する経験もありましたから。
F : アジアのストリートダンスと芸術分野は、まだそれほど融合しているようには見えないというのが第一印象でした。ストリートダンスはストリートダンス、芸術は芸術という先入観が人々の間に根強くあるからなのか、あるいは社会構造に由来するのか……。それはわかりませんけれども。フランスではヒップホップを芸術分野、舞台芸術の世界に融合していく動きが、だいぶ前からあります。ヒップホップにおける身体の動きには非常に質の高いものがありますから、そうすることで芸術に新しい要素を取り込もうとしているわけです。
ハイパーボディという言葉があって、それは今とても注目されているタームなのですが、どの舞踊家もその言葉のもと、今までの表現レベルを超越する身体能力や表現を獲得することを目標に掲げています。そしてバレエやコンテンポラリーのダンサーにとって、ヒップホップの身体性は非常に新しいものなので、ハイパーボディという目標に近づくヒントがそこに含まれているのでは? とも考えられているのです。
F : 私自身、80年代にヒップホップの影響を受けていますから。もともとバレエの世界で子供のときからトレーニングはしてきたんですけど、10代の多くの子供たちが通過するように、自分もヒップホップをやっていた時期もあったのです。
ただ、ヒップホップのことはアートフォームというより鍛錬、ライフスタイルとして捉えていたこと、そしてヒップホップという表現が、モダンダンスやバレエのように体系化されていなかったこと――今もなおその研究は途上にありますが――、それを理由にヒップホップを自分のキャリアにするのではなく、バレエを軸にトレーニングを積んでプロフェッショナルになる道を選びました。
それでも、そのときに踊ったヒップホップの影響は、自分の中にどこか残っているのではないかと感じますし、プロのバレエダンサー、コンテンポラリーダンサーになった今も、ダンスシーン全体にヒップホップが与える影響について、関心を持って見続けています。
とはいえ、自分はクラシックの世界でハイパーボディを追求してきましたが、それとは別にヒップホップを通じてハイパーボディを獲得していく道もあるのでは? とずっと感じています。
F : もしかしたら、違うことを考えていたかもしれませんけど(笑)。
V: いえ、もちろん興味深いと思ってましたよ(笑)。歴史的な部分についてファビアンが話した内容には共感する部分が多くありました。また彼の話を聞いていて、クラシックバレエの源流にあるものを、ヒップホップの場合で言うならばなんだろうと考えたのですが、それはB-BOYだと思いました。
ヒップホップは70年代初期に始まったものなので、まだ50年足らずの歴史しかない。それが今、いろいろな広がりを見せている中で、誰が始祖なのか明確ではありません。初期のパイオニアも何人かいるし、彼らも一つの歴史を作ろうという形でまとまっているわけではなく、それぞれが思うヒップホップの歴史を語っています。
ファビアンが言うように、ヒップホップはまだ体系化されていないし、学術的な蓄積がない。私も学んでいる途中ですし、まだよくわかっていないところもある。ただ、ヒップホップが影響を受けたジャンルについては、プエルトリコのサルサ、ブラジルのカポエイラ、中国のカンフーなどが挙げられると思います。それらがB-BOYを中心とするヒップホップ初期の表現に影響を与えていると思うのですね。
何が言いたいのかというと、このように多くのジャンルから影響を受け、さらに多くのジャンルを生み出したヒップホップは固定化されたものではなく、他に対して心を開く姿勢そのものなのだということ。だから自分とはまったく違う表現であっても、それに対して「ワォ!」と感動したのなら、それを取り入れるのはヒップホップの精神にかなっていると思います。
もともとヒップホップという言葉自体、ヒップは知識、ホップは動きを意味しています。だから、その精神に合致する表現であるならば、それはヒップホップになる。私はそう思います。
F: 今、同じ色の服を着ているというところにも、共通性を感じていますよ(笑)。
V: (笑)
F: ヴィンスがどう思っているかはわかりませんが、私は前から彼のことを知っていたような感じがしますから。
V: 私も同感です。一緒にいてとても心地いいし、全然心配することがない。
先ほどファビアンが言った通り、ヒップホップはライフスタイルという側面が強いですけど、これからはバレエやクラシック、モダンダンスが通過してきた体系化とかアーカイブ化に取り組んでいく必要があると思います。今はまだヒップホップで食べていける状況になっているとは言えませんから。
ダンスバトルやコンペティションは、ヒップホップのライフスタイルとしての側面に結びついていて、それはそれでいいんですが、それとは別にファビアンのようなプロフェッショナルのダンサー、ディレクターと共同作業をしながら、舞台作品を創造するという方向性も生まれてこないと可能性が広がっていきません。
現状のままではヒップホップの未来はないと思うので、ライフスタイル、そしてプロフェッショナルとしての表現という両方向のバランスを取りながら、ヒップホップを発展させていくことが必要だと感じます。
V: そう信じています。
F: そう言えると思いますね。
V: 改めてそう考えると、鳥肌が立ちますね(笑)。
F: 私が与えられた振付補佐・ドラマトゥルクという役割で言うと、自分はアイデアを出すべき役割では、少なくとも今はないんですね。ヴィンスのアイデアを引き出して、それを膨らませるためのガイドとしているわけですから。
そこに対して自分のアイデアを持ってきてしまうのは、ヴィンスにとっては面白くないと思うので、むしろ彼のアイデアを引き出すために、どう自分のノウハウを使うかに注力したいと思っています。
そして、彼がどういったものを3月の東京公演に向けて作っていくかに関しては、実はまだそんなにプランが明確にはなっていないんです。今わかっているのは、2人の関係性がすごく良好で、ポジティブなエネルギーにあふれているということ。今の時点ではこれが何より大事なことですし、内容について考えていくのはこれからですね。
V: そうですね。ファビアンは自分の心を震わせ、自分の頭の中をかき混ぜて刺激を与えてくれる存在だと思っています。いわば、新しい世界の扉を開けてくれるような存在です。
この作品に対しては、以前にダンス・ダンス・アジアで発表した『Hilatas』以上にいいものにしたい、という気持ちがあります。そのためにファビアンには客観的な視点から私をガイドして、私が知っている以外のやり方などをアドバイスしてもらいたい。自分が進もうとする先に事故に遭いそうな危険な箇所があっても、それをいち早く教えてくれる頼もしい存在だと思っています。
また、自分のチームのダンサーたちにも、ファビアンのような優れたアーティストが自分たちのチームに入ってくれるということに対して、オープンになってクリエイションに臨んでもらいたいです。
F: そういう方々に言えることがあるとすれば、ヒップホップないしストリートダンスというものは、必ずしもエンタテインメントだけに特化したものではないし、短絡的な快楽や刹那的な表現だけでできているわけではない、ということです。むしろ長期的な鑑賞に堪えうる、優れたアートフォームとしての可能性があるということがすでにわかっています。
このプロジェクトではそれを観客に届けたいし、ストリートダンスが好きな人とコンテンポラリーダンスが好きな人の双方が、この作品を隣の席に座って一緒に観て、同じような思いで評価してくれることを望んでいます。